※本記事にはアフィリエイト広告が含まれています。
「プロ選手の一人で終わるより、ゼロから生み出す人になりたかった」。アトランタ生まれ・長野育ちのダニエル・ムーアさんは、ピックルボールで全米9冠を達成した後、競技人口がほぼゼロの日本に帰国。2026年には日本の競技人口が7倍に急増するまでになりました。彼の経歴・信念・日本での活動を詳しくまとめます。
ダニエル・ムーアとは?アトランタ生まれ・長野育ちの異色プロフィール

ダニエル・ムーアさんは1989年2月21日生まれ、アメリカ・アトランタ出身。しかし生後わずか7か月で日本に渡り、東京と長野県で16歳まで育ちました。公立の日本語学校に通い、バイリンガルとして成長。子役としてテレビCMにも出演した経験を持ちます。
16歳でアメリカに戻り、アズサ・パシフィック大学で国際ビジネスを専攻。テニス部ではNAIA選手権ベスト4(準決勝進出)という実績を持ち、エジプトへの留学経験もある行動力の持ち主です。
大学卒業後はケニアで環境配慮型調理用ストーブの販売企業に勤務し、その後アメリカで高校テニスコーチと観光ガイドを兼務。この多彩な経歴が、後の「スポーツ×観光ビジネス」という独自のアプローチにつながっています。
プロフィール早見表
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生年月日 | 1989年2月21日(37歳) |
| 出身 | アメリカ・アトランタ |
| 育ち | 東京・長野(生後7か月〜16歳) |
| 現在の拠点 | 長野県 |
| 言語 | 日本語・英語(バイリンガル) |
| 学歴 | アズサ・パシフィック大学(国際ビジネス専攻) |
| 主な受賞歴 | 全米ピックルボールチャンピオン9回(2014〜2017年) |
ピックルボールとの出会いと全米9冠│2014年から4年間の快進撃

ダニエルさんがピックルボールと出会ったのは2014年、父の誘いがきっかけでした。当時はテニスコーチとして活躍していましたが、ピックルボールを始めるとたちまちその競技の奥深さに魅了されます。
翌2014年から全米大会に出場し、2014〜2017年の4年間でなんと9度の全米チャンピオンに輝きました。シングルスとダブルスを合わせた9冠という記録は、ピックルボール界でも際立つ快挙。2015年には全米年間ランキング1位も獲得しています。
さらに驚くべきは、祖父・父・ダニエルという「3世代全米No.1」という歴史的記録。ムーア家はまさに「ピックルボール一家」といえる存在です。
受賞歴まとめ
- 全米ピックルボールチャンピオン 計9回(2014〜2017年)
- 全米ピックルボール年間ランキング1位(2015年)
- Pickleball MVP受賞(2015年)
- 祖父・父と「3世代全米No.1」達成
「プロの一人で終わるより革命を」日本に帰国した理由と信念

全米トップ選手としての地位を築いた後、ダニエルさんはなぜ日本に帰国したのでしょうか。
「プロ選手の一人として終わるより、競技をゼロから生み出す人になりたかった」。これがダニエルさんの信念です。2015年に長野県を拠点に移し、ピックルボールがほぼ無名だった日本で普及活動を始めました。
当時の日本のピックルボール競技人口は「ほぼゼロ」に近い状態。それでも彼は「テニス経験者が多く、スポーツへの関心が高い日本には大きなポテンシャルがある」と確信し、コーチング・イベント開催・メディア露出を続けました。
長野という地方拠点を選んだのも戦略的です。長野の自然・温泉・食文化とピックルボールを組み合わせた「スポーツ観光」を企画し、インバウンド旅行者にも日本の魅力を発信。2021年にはActive Travel Japan株式会社を設立し、観光ビジネスとスポーツ普及を両輪で回しています。
長野を拠点に日本全国へ│PPA東京大会・育成プロジェクト・コーチング活動

2026年現在、ダニエルさんの活動範囲は長野から日本全国へと広がっています。
Pickleball X(トッププロ育成プロジェクト)
Sansan株式会社との協力のもと、「ピックルボールXトッププロ育成プロジェクト」を始動。日本人選手の中から12名を選抜し、世界で戦えるプロ選手を育てる取り組みです。ダニエルさんが直接コーチングを担い、合宿での指導も行っています。
全国各地での特別レッスン
神戸(DPC KOBE)、東京(八王子・東十条・銀座)、愛知(一社)など全国各地でダニエルさん主催の特別レッスンが定期開催されています。初心者〜中級者向けまで幅広く対応しており、「ダニエルムーアに直接習える」機会として参加者から高く評価されています。
PPA東京オープン2026への関与
2026年7月に立川で開催される「PPA ASIA 500 Sansan TOKYO OPEN 2026」にも深く関わっており、日本でのピックルボール国際大会の実現に貢献しています。ピックルボールの国際大会が日本で開催されるのは今回が初めてで、ダニエルさんが種をまいてきた成果ともいえるでしょう。
長野×スポーツ観光ビジネス
Active Travel Japan株式会社を通じ、外国人旅行者が長野でピックルボール体験をしながら日本の文化・自然を満喫できるツアーを提供。ピックルボールを「スポーツ観光資源」として活用するユニークなモデルを構築しています。
ダニエル・ムーアが描く日本ピックルボールの未来

ダニエルさんが掲げる目標は「日本のピックルボール競技人口100万人」。2026年現在33万人まで成長してきましたが、まだ潜在層1,189万人の3%にも満たない状況です。
「ピックルボールは年齢・体力・経験に関係なく楽しめるスポーツ。日本の高齢化社会との相性は抜群だと思っている」とダニエルさんは語ります。特に70〜80代でも楽しめるスポーツとして、健康寿命延伸への貢献にも期待が集まっています。
また、Pickleball Xプロジェクトで育成した選手が世界大会で活躍する未来も見据えており、「日本からオリンピック種目を目指せる選手を育てたい」という夢も持っています。ピックルボールは現在オリンピック正式競技ではありませんが、急速な競技人口増加を背景に、将来の採用が期待される競技の一つです。
ダニエルさんの活動に関心のある方は、ピックルボールワン公式サイトのダニエル・ムーアページもぜひチェックしてみてください。
💬 たかやんの一言
全米9冠なのに「プロ一人で終わるより革命を」って言えるのがかっこいい。日本育ちだから日本への愛着も深いんだろうな。長野発のスポーツ革命、これからどこまで広がるか楽しみです!
📌 関連記事
まとめ
ダニエル・ムーアさんの経歴と日本での活動をまとめました。
- 1989年アトランタ生まれ・長野育ちのバイリンガル。テニス全国レベルの実力を持つ
- 2014年にピックルボールと出会い、同年から2017年に全米9冠を達成
- 「革命を起こす人になりたい」と日本に帰国。長野を拠点に普及活動を開始
- Pickleball X育成プロジェクト・全国コーチング・PPA東京大会などで精力的に活動
- 目標は日本の競技人口100万人。高齢化社会との相性も武器に普及を推進中
最新トレンド情報はこちらもチェック!
たかやんの最新トレンド情報局
